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卵と雛と、ともに歩んで70年− |
| ●沿革 |
昭和 5年 先々代新延嘉吉、下駄箱式孵卵器により創業
昭和24年 有限会社新延孵化場を設立
(初代取締役:新延嘉吉)
昭和33年 新延正葭が代表取締役に就任
昭和40年〜豊中、観音寺、神田に種鶏場を相次いで建設、43年より財田第一、
第二育雛場、綾南、二宮育成場を建設
昭和44年 四国地区で初めて10万卵孵卵器を導入、本社社屋の建設完成
平成 2年 協同飼料(株)、ゴールドエッグ(株)と本格的に提携
平成 4年 会員制宅配卵“希(きぼう)”の生産に乗り出す
平成 5年 特殊卵“ネッカひまわり卵”の生産に着手
平成 8年 新延修が代表取締役に就任
平成10年 リバーサイド育成場が完成し、育成能力が220万羽になる
平成11年 最新の空調システムと殺菌装置を備えた貯卵室が完成
平成12年 世界初となる二階建て種鶏舎が神田に種鶏場に完成
平成15年 神田第二農場に新システムの成鶏農場が完成 |
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▲誕生したばかりの雛 |
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●西日本屈指の孵化場への軌跡 |
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有限会社新延孵化場の歴史は、昭和5年に初代新延嘉吉氏が下駄箱式孵卵器により創業したことに始まります。
昭和24年に有限会社に改組、その後次々に種鶏場、育成場、育雛場を建設、その都度機械化を進め、設備投資を行ってきました。昭和44年には、四国地区で初めて10万卵孵卵器を導入、また、平成5年には、ブロイラー事業より完全撤退し、産卵用種雛とレイヤーの育成と採卵事業に専念します。昭和61年からはドイツ製ファーマーオートマチック直立四段ゲージを導入、さらには世界初となる二階建て種鶏舎を建設しました。
また、生まれてくる雛を外部からの細菌汚染から守るため、平成11年に、本社孵卵工場に最新のオゾン開閉システムを導入しました。
徹底した衛生管理、温度調節により、本社孵卵場では年間450万羽の元気なメス雛を孵化させています。
創業から70年余−、(有)新延孵化場は年商約27億円にも昇る養鶏企業に成長しました。
まさに初代新延嘉吉が「新延孵化場」という卵を産みだし、二代目新延正葭が温め、現代表取締役新延修が孵化、西日本屈指の養鶏企業へと成長させたといえます。
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▲本社工場を望む |
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●新鮮な雛、卵を届けるために |
養鶏は、畜産業の中でも、最も近代化・機械化が進んでいる分野といえます。
(有)新延孵化場では、最新の機器を海外より輸入、産まれてくる雛のために万全な環境を整えています。温度管理、空調管理は自動で行われますが、社員の目での確認も怠りません。
本社孵化場の貯卵室で、徹底した管理体制のもとに温められた卵は約21日で孵化、かわいい雛が誕生、誕生したメス雛220万羽が各生産者の手元に届くまで育成場で大切に育てられます。 |
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●会社に付加価値を |
(有)新延孵化場では、通常の卵の他に、昨今のヘルシー指向に対応した卵も生産しています。
会員制宅配卵「希(きぼう)」は、全国に会員1万2千人を有します。月に一度、平飼いで育てられた雄と雌から採取された有精卵が会員の元へ届けられます。また、仲南農場では、特殊卵「ネッカひまわり卵」が生産されています。この卵は、餌に炭をまぜるなどの工夫がほどこされ、卵独特の臭みがないのが特徴です。
(有)新延孵化場の卵は、他社との連携により細かな市場調査、さらには製品開発を行ったたまものといえます。
また、(有)新延孵化場では、環境にも配慮しています。機械化された清潔な工場は、養鶏独特の匂いもなく、周辺環境は大変キレイです。
さらに、養鶏業者の悩みのタネであったのは鶏糞処理です。それまで3割他社に肥料として売却、残りは焼却していました。
そこで新延社長が独自のアイディアを考案、その実現により、鶏糞を乾燥させることに成功、他社への売却率を7割までアップさせました。
(有)新延孵化場では、積極的に情報公開を行っています。県内には類を見ない充実した設備を見学に、バイヤーはもちろんのこと、同業他社の人達も見学に訪れています。
新延社長は、「養鶏業に対する世間的評価の向上のために、我が社も一役買いたい」との想いを語ってくれました。
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▲育成場
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●今後の抱負 |
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(有)新延孵化場は、昭和5年の創業以来、常に良質の雛の孵化に努めてきました。清潔な環境で産まれた雛は、健康な鶏になり、品質の良い卵になります。そのために、徹底した設備投資、安全・衛生な環境づくりを心掛けています。卵の値段は相場で動くため、養鶏業の規模はどうしても二極化してしまいます。その中にあって、我が社は、積極的な事業展開を行い、現在まで成長することができました。これからも、皆さまの食卓に安全な卵をお届けすべく、養鶏業界を盛り立てていきたいと思っています。 |
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